15.last refuge back
        
        
ムー大陸北部ナイム国エリドゥ
緑豊かなヴィンディア連峰"乗り越えた先の絶望オーバーザホロウ"を背後にたたえる富ある者達の別荘地――

エオル「うわー、本当豪邸ばっかりだねー!」
よしの「そうですね」
フィード「うわー、本当カモばっかだな―!」
よしの「フィード様、あれは鳩かと」
エオルはフィードをひっ叩いた
エオル「よしのさん、構わなくていいから」
よしの「???」

クリス「都会の女の子の匂いだ―!」
クリスはよしのの腕の中から飛び降りると、町の中に消えていった
よしの「クリスちゃん!迷子になってしまいます」
エオル「…」 ←あえて何も言いたくない
フィード「ほっとけ、あんなブサ猫、誰も捕って食ったりしねーだろ。それよりメシ――!!」




―――― last refuge(最後の逃げ場) ――――




ラシャ村以来、久しぶりの人の手による料理だった
エオル「料理に味があるって幸せだ」
フィード「モンスターの丸焼きも飽きたしな」
よしの「もしよろしければこちらで香辛料を買いませんか?」
二人の魔導師はよしのを見た
フィード(…そういえば)
エオル(よしのさん料理上手だった…)
つまり、調味料や調理道具があれば、野宿でもまともな食事がとれるということだった

――気づかなかったーーー!!!――

フィード「おい、俺様宿とっとくから」
エオル「ハイハイ、ゴロゴロしときなさい。
    よしのさん、早速買い出しに行こう!」
よしの「はい!」
よしのは嬉しそうに微笑んだ



薄曇りの、落ちかけの柔らかな日の光が、じんわりと二つの影を映し出している
エオル「なんか、久しぶりにまったりした時間だね」
夕飯支度の親子連れや恋人たちが緩やかな川のように流れてゆく
よしの(…)

――このまま何もかも忘れて、この時間が続けばよいのに…――

だが、本当にそれでよいのかと問われると、そうもいかないわけで
よしのはクスリと笑った
よしの(なんて、ちょっと思ってみただけです)
エオル「どうしたの?」
よしのは首を振った
よしの「なんでもないです」



「わ〜可愛い猫〜!」
「プニプニ〜!」
仕込みの始まった夜の街の路地裏
これから仕事に出かけるいい匂いの女性たちに囲まれ、クリスはご満悦だった
「どこから来たのかなあ?」
クリス「ミャー!(余所から来たんじゃない、帰って来たのさ!君の元へ!)」
「あ、懐いた」
「いいな〜私にも触らせて〜」

「あの…」

幸せの時間を断ち切る、どこか気の弱そうな声
「準備、もう始まってます…」
小さな少女だった
「あら〜!ボヌールちゃん!知らせに来てくれたの〜?可愛い〜!」
女たちは今度は少女を撫でだした
ボヌールと呼ばれた少女は顔を真っ赤にしてモジモジとしていた

クリス「ミャー」
クリスはボヌールを見上げ、尻尾をパタパタと振った
「あら、ボヌールちゃんに懐いたよ、ボヌールちゃんのことが好きなんじゃないかな」
ボヌールは少しの間クリスを見つめ、恐る恐る抱き上げた
抱き上げたクリスはとても温かかった
ボヌール「…」
様子を見ていた女たちの一人がボヌールに囁いた
「気に入っちゃった?」
ボヌールは黙って頷いた
クリス「ミャー」
ボヌールはクリスを抱いたままクルリと踵を返した



宿の一室
一行はこれからの渡航計画を立て、明日にも出発しようと決めたのだが、
フィード「あんのクソ猫、どこほっつき歩いてやがんだ――!!」
エオルは地図の広げられたテーブルに肘をつき、ため息をついた
エオル「いつか動物の帰巣本能がどーとか言ってたの、誰だっけ?」
フィード「ありゃ砂漠のド真ん中だからな。だが今回は違う」
よしの「今回は違う…とおっしゃいますと?」
フィードはカーテンの隙間から外を見た
窓から覗く派手な夜の街の明かりはまるでそこだけ昼間のようだった
フィード「誘惑が多すぎる」
エオル「…置いて行きません?」



        


ボヌールが向かった先は豪邸だった
クリス(別荘か!お嬢様なんだねー)
ボヌールが玄関に上がると、使用人の1人が駆け寄ってきた
「お帰りなさいませ。お店の準備は始まりましたか」
ボヌール「うん、お店の準備始めてくださいって言ってきたよ
     ママとパパは?」
使用人はにこりと笑った
「お仕事をしております、お忙しいようです」
使用人はボヌールの腕に抱かれている黒猫に目を落とした
「あら、猫を拾われたのですか?」
ボヌールはコクリと頷くとそのまま玄関正面の螺旋階段を駆け上った
二階の廊下をしばらく進み、奥の部屋に入るとボヌールはそっとクリスを置いた
クリスはボヌールを見上げ、パタパタと尻尾を振った
ボヌールはクリスの背中恐る恐る撫でた
クリス「ミャー」


使用人は豪奢な装飾が施された書斎の扉をノックした
中から返事はない
「旦那様、奥様、ボヌール様が先ほどお店から帰宅されました」
使用人は少しの間扉を見上げた
「お店の準備は滞りなく…」
「猫を拾われたらしく…」
中から笑い声が聞こえる
「…ペットにつきましてはご家族で話し合われてくださいね!」
笑い声が絶えることはなかった
「…」
(ここの仕事はもうダメだな)



――翌朝
カーテンから漏れる朝日
キングサイズのふかふかなベッド
ボヌールの枕元に丸まっていたクリスは目を覚ました
クリス(朝か…)
クリスはキョロキョロと辺りを見回した。
クリス(ここいいな、ベッド高級だし、待遇いいし、このままここのペットになろうか…)
その時、クリスの頭によしのの顔が浮かび上がった
クリス(よしのちゃんとボヌールちゃん、2人の女の子の間で揺れる、なんて罪深い俺…)

クリス「ぶっ」

寝返りをうったボヌールの腕が、クリスの脳天に直撃した
ボヌールは目を覚ました
手に何か暖かいものが乗っている
ボヌール「?」
いつの間にか投げ出した腕を見ると、その下にはクリス
クリス「ミ…ミャー(お、おはよう)」
ボヌールはほっとしたように微笑んだ

それからボヌールは顔を洗い、服を着て、クリスを抱き上げると部屋を出た
クリス(もう自分で支度出来るんだね〜!)
広い屋敷を右へ左へと進み着いた先は長いテーブルに白いクロスがかけられたダイニング
テーブルの上には鼻腔を擽る豪華な朝食――3人分

ボヌールはテーブルに腰掛けた
ボヌールの膝の上にはクリス
使用人の1人が慌てた
「お嬢様、猫は床に」
ボヌールは黙って俯きクリスを抱きしめた
(珍しい…お嬢様が言うこと聞かないなんて)
ボヌールは俯いたまま口を開いた
ボヌール「ママとパパは?」
使用人は困ったと眉根を寄せた
「遅れていらっしゃいます。冷めないうちに先におあがりください」
ボヌール「…」
ボヌールはスプーンを持った
クリスが見上げたその顔は、どこかふてくされてるようにも見えた


その日は雲一つない晴天だった
ボヌールはクリスとともに草花溢れる庭で、駆け回り、夕食前に疲れて眠ってしまった
ボヌールの枕元でクリスはゴロゴロと喉を鳴らした
クリス(平和ってのは退屈で仕方ないけど、女の子がいるとそれだけでバラ色になるな)
クリスは窓の外を見た
クリス(…ただ、この屋敷、"臭う"なあ…
    …ん?)
オレンジ色の空は上から紺色を引き下げて来ていた
クリス(…満月!!)



時はさかのぼり、同日正午過ぎ
宿の一室
フィード「あーのーくーそーねーこー!」
よしの「私探して参ります」
フィード「まあ待て」
フィードは街の地図が乗ったパンフレットを取り出した
よしの「あ、お昼の時に取ってらっしゃった…」
エオルはテーブルで頬杖をつきながら、テーブルに置かれたパンフレットに目だけ落とした
エオル「タリスマン?」
フィード「おー」
よしの「?」
フィードはコートの内側から紐のついた、先の尖った水晶のようなものを取り出した
よしの「何ですの?」
フィード「ん―?まあ、見てな」
フィードは紐の端をつまみ上げ、水晶をぶら下げた
そのままパンフレットの地図の上にかざした
水晶は斜めに揺れた
フィードはその揺れた先に水晶が来るように手を移動した
真下の地図は飲み屋街
水晶はまだ僅かに斜めに揺れている
フィード「ん?飲み屋街から外れるな」
フィードは水晶の揺れる先に手を移動させた
今度は水晶はクルクルと回りだした
フィード「ここだ」
エオル「…豪邸じゃない」
よしの「??」
フィードはよしのの目の前に水晶をぶら下げた
よしのは反射的に両手を出した
フィードはポトリと水晶を落とした
フィード「こいつはタリスマンっつー魔導師専用道具でな。
     念じた失せモン探せる便利道具だ」
よしのは地図に目を落とした
よしの「ではこのタリスマンがクルクル回っていたところにクリスちゃんがいらっしゃると?」
フィード「おー」
よしのはエオルを見た
エオル「ほら、さっきお昼食べる所探してたときに通り過ぎた大きなお屋敷」
よしのは「ああ」と手をたたいた
フィードはニヤリと笑みを浮かべた
フィード「久しぶりに犯罪組織"W・B・アライアンス"の活動をするかな」
エオルは横目でフィードを睨みつけた
エオル「クリスの救出活動って意味に捉えていいんだよね?」
フィード「まあもののついでにな」
エオル「何のついでだって?」


        
        
        
        
日も沈み、家々に明かりが灯り始めた頃、一行は目的の屋敷をぐるっと一周し、どうするか額をつきあわせていた
エオル「本当にいるのかな…まずそれを確認しないと」
フィード「よし、じゃああの無駄にデケェ門ぶっ飛ば」
エオル「さないでどう確認しよっかね?」
フィードはエオルを睨みつけた
エオルは全く気にもとめずに続けた
エオル「直接聞きに行くのが一番手っ取り早いし、そうしよっか」
フィードはパチンと指を鳴らした
フィード「なるほど!屋敷のヤツらを引きつけてる隙に」
エオル「な・ん・に・も・し・な・い!」


日も落ち、夜の帳がかかり始めた頃
クリスはふと目を覚ました
クリス(…何かいるな)
耳を澄ますと微かに聞こえてくる足音
クリス(…)
あれだけあった人間共の気配が、ない

クリスはそばで深い眠りについているボヌールに目をやった
ボヌールは気持ちよさそうに寝息をたてている

足音が部屋の前で止まった
ドアノブがゆっくりと回った

リンゴーン

鐘の音
クリス(呼び鈴か?)
足音は立ち去った
クリスは様子を見ようと窓の縁に飛び乗り、外を見た
男女が並んで門に向かっている
服装からして、使用人でないことは明らかだった


「どちら様でしょうか」
門から出てきたのは30代後半程の男女だった
エオルは警戒されないよう笑顔を作った
エオル「まん丸とした黒猫を探しているのですが、こちらに迷い込んだと聞きまして…ご存知ありませんか?」

男女は顔を見合わせた
男は残念そうに首を横に振った
「残念ながら」
エオル「そうですか…」
よしのは男女から見えない位置でフィードの袖を引っ張った
フィード「あん?」
よしの「あそこ…」
よしのの視線の先――屋敷の二階の窓から見える黒くて丸いシルエット

フィード「あ――っ!あんのやろ…」
エオルはウルサいとフィードの口を慌ててふさいだ

男女は一瞬顔を合わせて、笑った
女が笑いかけた
「旅人さん?よければディナーをご一緒しませんか?旅の話が聞きたいわ」
エオル「あ、いえ、俺たちは…」
フィード「おっしゃー!!豪華なメシ―――!!」
フィードは飛び跳ねた
エオル「こら!フィード!迷惑だろ〜!?」
よしのは男女にニッコリと笑顔を向けた
よしの「ぜひお願いしますわ」
エオル(よしのさんまで――?!)


屋敷の中は閑散としていた
これだけ広い屋敷なら、使用人の二人や三人いても良いだろうに、人の気配はまったくなかった
長い廊下をしばらく歩き、やがて豪奢な長テーブルの広がる広いダイニングへと通された
「すぐに料理をお持ちしますね」
そう言って女はダイニングを出た
よしの「あの…」
一行が席につき、よしのは男をみた
男はニッコリと微笑んだ
よしの「お手洗いをお借りしても?」
「どうぞ、ちょうど突き当たりを少し行ったところですのでご自由に」
よしのは部屋を出た


館の中はチラチラと揺れるろうそくの灯りで、夜だというのに足元までハッキリ見える
よしのはキョロキョロと周りを確認しながら、慎重に二階へあがった

二階は一階よりろうそくの数が少なく、ほの暗い
よしの(どのあたりでしょうか)
   「クリスちゃ〜ん…」(←極めて小声)

ギシ…

よしのは後ろを振り返った

階段の入り口に人影が差し掛かっていた

よしの(あわわわ)
よしのは慌てて近くの部屋に入り込んだ

ギシ…ギシ…

足音が部屋に近づいて来る

よしの(…どうか通り過ぎてくれますように…)

しかし、祈りは虚しく、足音は部屋の前で止まった

ドアノブが回る

よしの「!!」





        




フィード「おい、オッサン、メシまだ?」
エオル「こらフィード!…すみません…」
エオルは申し訳なさそうに男を見た
男はクスリと笑うとテーブルにもたれかかった
「旅人さん、旅をしているからにはこれからもいろいろな場所を回るのでしょうね」
エオル「え、ええ…」
   (普通の旅って言うには物凄く抵抗あるけど…)

「一つお願いをしてもいいですか」
エオル「お願い?」
フィード「タダで?」
エオルはフィードの後頭部をひっ叩いた
「もちろん御礼は弾みます」
エオルは慌てた
エオル「いいえ、どうか本気になさらず」

男は立ち上がると部屋の奥の戸棚から手のひら程の大きさのまん丸とした麻袋を取り出した
麻袋には何かがパンパンに詰まっているようだった

男は麻袋をフィードとエオルの前に差し出した
エオル「これは…?」
フィードは袋を開け、中をのぞき込んだ

男はニコリと笑った
「"免罪符"というものです」

エオル「メンザイフ?」
エオルも麻袋の中をのぞき込んだ

「飲めばこの世のすべての罪から許される、素晴らしいものです」

男はフィードとエオルの様子を見、一呼吸置いて続けた
「これだけ素晴らしいものを多くの人と共有しないのは、それこそがまさに罪です。
 あなた方にはこれを旅先で現実つみに苦しむ方に配っていただきたい」

フィードはニヤリと笑った
フィード「"魔薬"か」

男はニコリと笑い返した
「"免罪符"です」

ピリッと、空気が張り詰めた



ドアノブが回った
キイと音を立て、ドアがゆっくりと開いた

キッチンに行ったはずの女
部屋をぐるりと見回し、窓が開いているのを発見すると、静かに窓を閉め、部屋を出た


その部屋のクローゼットの中――


「シィ…まだドアの前にいる」

ドアが開けられる瞬間、何者かがよしのをクローゼットの中に引き込んだ
よしのは先ほどからその"何者か"にずっと口を押さえられている
その"何者か"の声に、よしのは聞き覚えがあった

"何者か"は、静かにクローゼットを開け、よしのを優しく離した
よしのはゆっくりと自分の後ろを見上げた
そこには、金髪の、目鼻立ちの整った、絵に描いたように美しい男――

よしの(ん?)

金髪男「…どうも〜」
男は苦笑いしながらよしのの様子を窺った
よく見ると、その男は素っ裸だった

よしの「ギャ…」
悲鳴を上げかけたよしのの口を、男は慌てて塞いだ

男は口の前で人差し指を立てた
よしのは何度も首を縦に振った
男はゆっくりよしのを離した
金髪男「良い子だね、もう少しそのままで」

男はクローゼットの服を漁りだした
クローゼットの中は小さい女の子用の服しかない
金髪男「参ったな…」

男は暖かそうな、小さい毛皮のコートを取り出すと、部屋のベッドに向かった
金髪男「ちょいと拝借」
ベッドでぐっすり眠っている少女
その少女がきている毛布を自分に巻きつけ、変わりに毛皮のコートを少女にかけた

よしの「あ、の…」
男は人差し指をよしのの口に当てた
そしてそのまま顔を近づけると囁いた
金髪男「この家に関わってはいけない、
    銀髪とエルフは僕が回収しとくから、よしのちゃんは先に宿に戻っていて?」
    
よしのは呆け顔のまま尋ねた
よしの「あなたもしかして…」


今夜は満月






        



フィード「なーにが"綿財布"だ、アホ臭ェ」
エオル「フィード…"免罪符"ね…ですけど、コイツの言うとおりです。
    我々は"魔薬"で不幸になった人を見た!
    人に不幸をもたらすそれを世にバラまくことこそが罪だ」

男は穏やかに微笑んだ
「ではその"不幸の薬"を使わずして既に"不幸"な人々はどうしたらいい?
 不幸なまま、
 幸せな者たちに負けたまま、
 逃げ場もなく、
 追い詰められ、
 死んでゆけというのかね?」
エオル「!?死んでゆけなんて…そこまでは」

バン

フィードは机を叩いた
フィード「ああ、その通りだ」
エオル「ハァ!?」
フィード「不幸なまま、幸せなヤツらに負けたまま、逃げ場もなく、追い詰められたままでいやがれ、
     這い上がれねぇヤツらはな。
     世の中平等なんて、甘ぇんだよ」

男はため息をついた
「あなたはわかっていない、"不幸"である苦しみを」

フィード「薬に逃げたら不幸から幸せに変わるのか?現実が」

「不幸な現実はかわらない、だからこそ、幸せへ逃げるのだ」

エオルは眉根を寄せた
エオル「"一時の"幸せね、だったら魔薬じゃなくてもいい」

男は背もたれに寄りかかった
「逆に魔薬でもいい」
エオル「いい訳がないじゃないですか!」
「なぜ?だったら代わりにギャンブルや買い物に逃げるのかい?」
エオル「…少なくとも、薬よりは救いがあります。まだ取り返しがつく」

男は肩をすくめた
「意見が合わないようだね、残念だ」

燭台のろうそくの明かりが揺らめいた
その揺らめきに合わせ、フィードとエオルの影も揺らめいた

しかし、男の影は不自然に動かない

それどころか、徐々に伸び、やがて天井まで達した

その影を眺め、エオルは苦笑いした
エオル「あれ…このものすごく嫌な予感…デジャヴ?」

フィードは立ち上がった
フィード「嫌な予感ってのは大概当たるもんだぜ」

エオルはウンザリと溜め息をつき、立ち上がると剣を引き抜いた
2人は影と間合いをとるようにゆっくりと後ずさり、やがて壁にぶつかった
影から、赤く光る目が覗いている

「お前らの口にぶち込んでやる、そうすりゃ魔薬そいつの良さがわかるだろうよ。
 悪魔のオレにはわからんがな」
 
フィード「面白ぇ!やれるもんならやってみな!ただし俺様はグルメだぜ」
エオル「おばか!てか…」
エオルは小声で囁いた
エオル「どうすんの!パウーモさんみたいな僧侶はいないし、」

フィード「あ、しまった!」
フィードは何かを探すようにポンポンと服を叩いた
フィード「クリスのバカがいやがらねぇ」
エオル「今更ーーーーっ!!」

フィードはコートのポケットをゴソゴソとあさると液体の入った小さな小瓶を取り出した
フィード「こんなこともあろうかと」
エオル「何?」
エオルは小瓶のラベルに見覚えがあった

魔導師が悪魔と魔法使用の契約を交わす際、
悪魔が暴れ出した場合の悪魔忌避のための魔導師専用道具――"聖獣ユニコーンの血清"!!

フィードは小瓶のコルクを抜いた
たちまち小瓶の中身はキラキラとした光の粒子となって部屋を舞いだした

「臭い臭い!」
影がグニャグニャと揺らめいた

エオル「なるほど、こりゃあいいや」
エオルは剣を構え、呪文を唱え始めた
空気中を漂っていた水蒸気とともに、光の粒が固まり、水となり、剣に集まった
――魔法剣…!!――

フィード「ぃよっし!」
見ると、フィードはドアに手をかけている
エオル「は…!?」
フィード「ちょっくらクリスのバカを探して来るから、それまでソイツの相手をしてろ」
エオル「はぁぁあ〜〜っ!?」
フィードは「ファイト♡」とジェスチャーし、そそくさと部屋を出て行った
エオル「なにがファイト♡だーーー!!」


フィード「さてと」








        





二階へと続く螺旋階段のある玄関ホールにさしかかった時だった
フィードの視界にはホールでぼうっと立ち尽くす女
フィード「おいおい、キッチンでお料理中じゃねぇのかよ」

その口から出た声は、女のものではなかった
「俺から逃げられると思うなよ」

フィード「ん?」
女の影が揺らめき、壁いっぱいに伸びた
影から赤い目が覗いている
「さすがにもう、あの"臭い"液体は持っていなかろう」
フィード「…!?お前、さっきのやつか?」

女はゲラゲラと野太い声を上げて笑った
「その通り、俺は体を2つに分けられるんだ」
フィード「…どんな体の構造だよ…」
フィードはふうと息を吐いた。
フィード「…魔法拳!」
フィードの両手から炎が吹き出した
「魔導師か…お前の魂はうまそうだ」
フィード「そいつはまずいな、てめぇが腹壊さなねぇよう病院送りにしてやんよ」

「ばかめ」
女がフィードに向かって駆け寄った
その動きに生気はない
フィード「フン」
フィードは構えた

ところが、

ガシッ

どこからともなく現れたメイド姿の数人の使用人たちがフィードの両手両足をがっしりと掴んだ
いずれもその目に生気がない

フィード「?」
    (なんでこいつらまで乗っ取られたみたくなってんだ?)

考えている間にも女はフィードまであとわずかという距離までせまっていた

フィード「あーもー、面倒くせぇ!」
フィードは力づくで使用人たちを振り払い、床に向けて拳をぶちこんだ

ドカァン!

大きな爆音とともに木片が飛び散り
煙が辺りに立ち込めた

フワリ

フィードは魔導師の超人的な跳躍力で二階の踊場に飛び乗ろうとした

「撒いたつもりか?」

フィード「!!」
フィードのすぐ横には生気のない女
飛んでいる高さはすでに一般人の能力を遥かに超越している
女の足はメキメキと音を立てていた
フィード「おいおい…」
女の手が、フィードに向けて振りかざされた

ガシャァン!!

突然、フィードの頭に豪奢な花瓶が飛んできた
フィードは失速し、粉々になった花瓶とともに床に落ちた
フィード「痛え!!」
フィードは頭からダラダラと血を垂らしながら階段二階の踊場に目をやった

そこにはよしのと、
金髪碧眼の毛布を体にまとった男

男はフィードを指差した
金髪男「女性に手を上げるなんぞ言語道断!!」
フィードは立ち上がって指を差し返した
フィード「アホかーーーっ!!手を上げられてんのは俺様のほうだーー!!」
男はため息をついた
金髪男「女性が手を上げてきたら男はやり返していいのか?
    女性が何たるかをもっと考えろ、だからお前はモテないんだ」
フィード「お・ま・え・は〜〜!死にかけるとこだったん」
青年「死ね!女性のために!」

「それはいい心がけね」

――先ほどの女の声
だが女の姿はない

よしの「!」
よしののヤサカニがよしのの意思と関係無く起動した

男は二コリと笑い、どこへともなく語りかけた
金髪男「支持していただけて光栄だよ、お姫様」
言うと男は半歩後ろへ下がった

ズダン!

間髪入れず、男の目の前に女が降ってきた
女は男に飛びかかった

金髪男「おっと」
男はダンスのように優しく女の腕を握り、腰を引き寄せた
女「ぎ…」
女はバタバタと暴れた
だが、この体勢では力が上手く入らない

男は微笑んだ
金髪男「さっさとこの女性から出ろ、かわりにあそこの銀髪に乗り移っていいから」
フィードはぴょんぴょんと飛び上がった
フィード「ふざけんなあ!」

よしの「はっ!」
よしのは自分の目の前に浮かぶ黒い宝珠に目をやった
よしの「ホ、ホトカゲ!!」
黒い宝珠が輝きだし、光の中から小さな黒い蜥蜴がポトリと落ちた
蜥蜴は二階の踊場から飛び降り、フィードの影までたどり着くと、スゥと影の中に消えた
フィード「?」
次の瞬間、フィードの影がムクムクと膨らみ、
それはやがて黒い髪、黒い肌、青い瞳のフィードと瓜二つの"モノ"に形を変えた
フィード「なんだてめぇ」

ドン!

空気が揺れた
男の腕の中で女の力が抜けていった
金髪男「そっちいったぞ!」
黒い影のようなモノが目にもとまらぬ速さで壁を伝い、フィードの足元…をくぐり抜け、館の奥に消えていった

フィード「…あれ?」
フィードは足の間から後ろを覗き込んだ
男はため息をついた
金髪男「逃がすなよ」
フィード「今のは俺様じゃねーだろ!?
     てか、なんだこの"黒い俺様"は!」
フィードは隣で鏡のように自分と全く同じジェスチャーをしているモノを指差した

男は階段を一段降りるとよしのに手を差し出した
よしの「…?」
よしのは差し出された手に自分の手を乗せた
金髪男「階段、気をつけて」
フィード「無ぅー視ぃーかぁー!!」
よしのが慌てて付け足した
よしの「その子は"ホトカゲ"と言って、ヤサカニの一つです」
金髪男「教会で悪魔に出くわしたとき、色違いのよしのちゃんに追い込んだろ」
フィードは再び隣の黒い自分をしげしげと見つめ、ニヤリと笑った
フィード「あれと同じやつか、面白ぇ!」

よしの「教会のとき…」
階段を降りきり、よしのは男を見上げた




        




よしの「あなた…クリスちゃん?」

男はよしのの手を握った
クリス「そうだよ…!よしのちゃん、君のことを想いすぎて人間の姿になったんだ」
よしの「ええっ!?」
フィード「ウソに決まってんだろ」
よしの「ええっ!?」
よしのはフィードを見た

フィードはため息をついた
フィード「面倒臭ぇからあとでエオルのヤツとまとめて説明してやる」

クリス「おい」
フィードは面倒くさそうにクリスを見た
クリスはフィードを指差した
クリス「お前のコートかせ、毛布じゃ動きづらい」
フィードはチラリとよしのを見、ものすごく嫌そうな盛大なため息をついて、着ていたコートを投げ渡した
クリスはしげしげとコートを見つめた
クリス「ハァ…こんなダサいコートに袖を通すハメになるなんて…」
フィード「じゃあ着んな」
クリスは呆れた視線をフィードに向けた
クリス「だからお前はモテないんだ」
フィード「おい、よしの、このアホ放っといて、エオルのヤツを探すぞ」
よしの「!!はい!」

フィードの元へ駆け寄ろうとするよしのをクリスの腕が遮った
よしの「?」
クリス「よしのちゃん、ちょっと下がって」
フィード「は…」


ドガアァン…!!


突然、屋敷の壁が破壊され、フィードはその衝撃に巻き込まれ、瓦礫とともに吹き飛んだ
よしの「フィード様!…とエオル様!?」

見ると、フィードの横に傷だらけのエオル
フィード「エオル!てめー、勝手に人様の家壊してんじゃねーよ!」
エオルは頭を抑え、左右に振った
エオル「痛てて…君に言われたくないよ…」
そういうとエオルは立ち上がり、壊れた壁の方向に剣を構えた
エオル「あいつ急に強くなった」

その視線の先には、
出迎えてくれた男女の頭がついた二本の長い首をもたげ、
さきほどの使用人たちを含めた無数の人間の顔の模様が入った渦巻き型の殻を背負った、
この屋敷の高い天井まである巨大な軟体生物

カラン…

エオルは剣を落とした
エオル「き…」
よしの「き?」

エオルは頭を抱え、軟体生物に背を向けた
エオル「気持ち悪いーーーー!!」

よしの「えっ!」
フィードはヤレヤレとため息をつきながら逃げようとするエオルの襟首を掴んだ
フィード「こいつ、ダメなんだよ」
よしの「ダメ?」
フィード「虫とか爬虫類とか幽霊とか」

間

口を開いたのはクリスだった
クリス「よしのちゃん、ああいう男はやめときなね」
よしの「だだ大丈夫ですよ、エオル様!よく見たら可愛いかたつむりさんです」
エオルは部屋の隅で壁に向かいしゃがみ込み、頭を抱えている。
エオル「かたつむりキモイーーーーー!!」
フィード「お前そんな状態でよく今の時間までもったな」
エオルは涙目でフィードを見た
エオル「さっきまではあんな形じゃなかったんだよ!それが急に…」
クリス「半身が本体に戻ったか」
フィードは自分の足の間を通り過ぎた黒い影を思い出した
そして笑いながらエオルを見た
フィード「悪ぃ」
エオル「何したのーーーー!」

"かたつむり"から伸びる顔が口を開いた
「お前ら…俺を悪魔"エスカーダ"と知っての攻撃だろうな」
エオル「!!」
フィード「!」

悪魔"エスカーダ"
フィードとエオルは聞き覚えがあった






        



エオルは剣を下ろした
よしの「エ…エオル様…?」
エオルは本当に間違いないか、確認するようにゆっくりと、かたつむりに話しかけた
エオル「"エスカーダ"…魔導師に治癒魔法の一つを提供してる、あの悪魔"エスカーダ"?」
エスカーダはニヤリと笑った
エスカーダ「その通り。俺の邪魔をすれば、魔導師への名義契約を金輪際拒否するぞ」
エオルは息をのんだ
フィードはチラリとエオルを見た
フィード「あいつ、何"提供"してんだっけ」
エオルはマズいという視線をフィードに向け、小声で答えた
エオル「治癒魔法"救急絆創エ・イール"!かすり傷とか小さなケガを直す魔法」
フィードはボキボキと指を鳴らした
フィード「じゃあ要らねーな」
エオルはフィードを引っ叩いた
エオル「何言ってんの!かすり傷で強大な治癒魔法使わなきゃいけなくなるでしょ!」
フィード「別にいいじゃねぇか?サービスしてやりゃあ」

エオルは剣を鞘にしまった
開いた口から発せられた声は低かった
エオル「魔導師にあるまじき言動だよ、フィード」
フィード「あ?」
エオル「治癒魔法はケガ人の自己治癒能力を超倍速させるだけの魔法だ、
    強大な治癒魔法を使うことの負担は魔導師じゃない、ケガ人にある!
    だから倍速スピードの違う魔法の大小が治癒魔法には重要なんだよ!」

フィードは鼻で笑った
フィード「アホか、かすり傷くらい自然に治しやがれ!何でもかんでも魔法に頼ってんじゃねぇよ!」
エオル「…キミ、本当に魔導師?」
フィードはニヤリと笑った
フィード「ならエオル、てめーは人間にあるまじき言動だな」
エオル「!!」
フィードはエスカーダに向かい、構えた
フィード「たかが魔導師の魔法一つのために、
     何百人に魔薬を配ろうとしてるバカを見過ごせってか!?」
エオル「…!」

エオルは苦笑した
エオル「君、そんなに熱かったっけ?」
フィードは鼻血をすすった
フィード「豪華なメシが出なかったから、イラついてんだよ!」
フィードはよしののほうを指差すと、地面を蹴った

エオルはよしのの元へ駆け寄った
その時、よしのの隣に立つ金髪碧眼の青年と目が合った
よしのは、一瞬自分に向けられていたエオル笑顔が凍りつくのを見た

フィード「行くぞ!バカクリス!」
クリスは呆れたとため息をついた
クリス「それが人にものを頼む態度か!」
クリスの体は忽ち白い霧となって消えた

エオル「よしのさん、大丈夫?」
――いつもの笑顔
よしの(…気のせいでしょうか?)
   「…はい!」




フィード「悪魔合体イクセスブレイク!!」

一瞬、フィードの体は電光の走る白い煙に包まれ、
バチンと大きな音を立て強烈な閃光を発した
同時に白い煙が晴れ、

エスカーダ「貴様…その姿は…」

まがまがしい魔力
空に浮かぶ雲のように真っ白の長い体毛
ぐるりと一回転して前を向く巨大な角
血のように赤黒い瞳

エスカーダ「し…白山羊の悪魔…ノ…ノッシュナイド様!?」
フィードはニヤリと笑った
フィード「残念だったな、ただの魔導師じゃなくて」
エスカーダの体に浮かぶ人間の顔が一斉にザワザワとざわめきだした
フィード「?」

少しして、ざわめきが静まった
エスカーダ「…名義契約の拒否はしない、その代わり俺をここから逃がせ」
フィード「逃がさねぇっつってんだろ」
フィードが言い放った瞬間

エスカーダの体が縦に割れ、水のように飛び散った
飛び散った中から、一行を出迎えた男女や、使用人たちがぐったりとした姿で現れた
飛び散ったエスカーダの体は床に染み込み黒くなった
その"シミ"はゴキブリのような速さで床を這い、玄関へと向かった

フィード「だからぁ!」
シミの真上が陰った
空中で拳を構えるフィード
フィードは拳をシミ目掛けて振り落とした
フィード「逃がさねぇっつってんだろうが!」

ドゴォン…!!

床は大きくえぐれ、フィードの拳の先にはビチビチと跳ねる鯉ほどの大きさの黒いヒルのような物体
それは空気に反応するように黒い霧となって掻き消えた
フィードの頭の中で、クリスの声が響いた
クリス「まだだ!後ろ!」
しかし、フィードは動かなかった

フィードの体が白い霧に包まれ、中から人間の姿のフィードと、黒い猫の姿のクリスが現れた
フィードはゼェゼェと息を切らしていた
フィード「つ…疲れた…もうムリ…」
クリスはフィードの顔面にモチモチとした尻尾をベチベチと何度も振り落とした
クリス「んな場合じゃねーだろ!取り逃がすぞ」
そのやり取りの間に、黒いシミは玄関ドアにさしかかった





        






ガツン!

玄関にさしかかった黒いシミに突き立てられた剣――エオルだった
剣からはキラキラと光る水滴がついていた
エオル「"ユニコーンの血清"付きだよ」
黒いシミは音もなく掻き消えた

よしのは少しの間祈るように手を組み、堅く目を閉じると、ホトカゲに視線を向けた
よしの「ホトカゲ…お戻りください」
ホトカゲは何度か玄関に目をやりヤサカニの黒い宝珠に戻っていった

クリス「…結局逃がしたな」
フィード「!?」
エオル「!」
クリスは玄関を見つめた
フィードは溜息をついた
フィード「…どうやら体を"2つ"に分けられるってのは嘘だったようだな」
エオルが剣を突き立てる前、フィードがもう動けないと倒れ込んだ後、
その一瞬の間に、ゴキブリ程の大きさの黒いシミが玄関の扉の間をすり抜けていった。
鯉ほどの大きさの黒いシミは、オトリだった。
エオル「…実際は3つ、或いはそれ以上だったってことか」
フィード「クリスてめー!気づいてたんなら、なーんで教えやがらねぇ!」

クリスはため息をついた
クリス「教えたとこで、どの道お前動けなかっただろ」
フィード「…居場所バレたらマズいんじゃねーのかよ」
クリスはニヤリと笑った
クリス「安心しろ、少なくとも、よしのちゃんだけは守ってやる」
エオル「何の話?てか、さっきのクリスの人間の姿は?」
エオルは疑いの眼差しをフィードとクリスに向けた

フィードは真上を指差した
フィード「満月の夜だけ、呪いが解けて猫の姿から解放される」
エオルはキョトンとした
エオル「呪い…?てか、あ、悪魔なのに呪いにかかってんの?」
フィードは自慢げにニヤリと笑った
フィード「俺様特製のな」
エオル(はい?)
クリスは面倒くさそうに補足した
クリス「かけられてやったんだよ、そのチンケな"俺様特製"の呪いに」
フィード「チンケとはなんだー!」

エオルはクリスをまじまじと見た
エオル「かけられてやった…?」
クリスはわざと不快感を与えるようなため息をついて嫌々口を開いた
クリス「俺は9000年前に家出してな、それ以来ずっと捜索されてんだよ、悪魔共に」
エオル「…捜索…」
クリス「ま、どーせ魔王オヤジが引退したいから後を継げとか、なんかそんなんだろ」
フィード「なんかすげー話だな」
クリス「迷惑な話だよ」
エオル「ちょ、ちょっと待って!
    …てことはさ、居場所がバレたら俺たちって悪魔たちに追われるってことじゃ」
フィードとクリスは同時にエオルを見て同時に答えた
フィード&クリス「まぁ、そういうことだ」

間

エオル「め…迷惑ーーーーーー!!!!」
クリス「なんだとコラ!」
エオルはクリスを指差した
エオル「だってそうじゃない!
    俺たちは只でさえ魔導師協会やトランプに追わてヒーコラ言ってんのに、
    その上悪魔たちにまで追われるだあ!?冗談じゃない!!」
クリスはヤレヤレとため息をついた
クリス「だから、強ぇ魔導師とか悪魔に襲われたら、今みたいに力を貸してやってんだろ」
エオルはフィードを見た
エオル「何、"利害一致"ってそういうこと!?」
フィードは鼻をほじりながらふてぶてしく答えた
フィード「そういうことだ」






        





エオルは頭を抱えた
エオル「…ホントにさ、何がしたいわけ?」
フィードは呆れたようにため息をついた
フィード「だから、そのうちわかるっつってんだろ〜?」
エオル「目標や目的がないと、こんな闇雲で先が見えない状況じゃ頑張れないよ」
フィードは顎に手を当てた
フィード「それもそうか、わかった、じゃあとりあえずジパングに着くまでは頑張れ」
エオルはため息をついた
エオル「だーかーら…」

フィードはエオルを見据えた
フィード「ここで目的を明かせば、よしのの記憶"なんて"探す余裕なくなっちまうぞ」
エオルは一瞬息を飲んだ
エオル「…なにそれ、脅し!?」
フィード「それも半分真面目も半分」
エオル「…」
フィード「…」
エオルは腹の底を探るようにフィードを見た
フィードもまた、探られるものなどないという自信を持った視線を返した

よしの「あの…」
2人の魔導師は同時によしのを見た
よしの「…もし…ご迷惑でしたら…」
エオルはギクリとした
エオル「ち、違う違う違う!全然そんなこと」
フィード「お前の記憶探しはW・B・アライランスにとって必要だ」

エオルとよしのはフィードを見た
よしの「…ですが…先ほど…」

――よしのの記憶なんて探してる余裕はない――

フィード「余裕はない、だからこそ必要だ
     悪いが利用させてもらうぞ」
エオルはフィードの胸ぐらを掴んだ
エオル「キミね…!!」
よしの「エオル様」
エオルはよしのを見た
よしのは組んだ手を鼻先に当てて、固く目を閉じている

よしの「私、安心しました」
エオル「…?」
よしのはニコリと笑った
よしの「私、やはり心配だったんです、
    本当はご迷惑ではと」
フィード「…」
よしの「ですが…本当に必要とされている、
    それは私にとって大変安心できるものです」
エオル「フィードはキミを"利用する"って言ってるんだよ!?」
よしのはニコリと笑った
よしの「理由はどうあれです」

フィードはエオルを見た
フィード「ほらな」
エオル「ほらなじゃないよ!!俺はキミに対して不信感しかないよ!」

クリスはエオルの顔の前に飛びバリッと顔のド真ん中を引っ掻いた
エオル「痛い!」
クリス「グダグダうっせー野郎だ
    文句たれてないで大人しくしてろ、どの道お前はもう逃げらんねーからな」
エオル「…!!」
フィード「…ま、大人しくセイラムにかけられるか、ここで足掻くか、好きにしな」
フィードはそのまま外に出た

よしのはエオルをまっすぐ見つめた
よしの「エオル様、私は、フィード様を信じます」
エオル「なんで…」
よしのは微笑んだ
よしの「悪い方でないことを、存じ上げておりますもの」
そう言うと、よしのは出迎えた男女や使用人たちの介抱へ向かった

エオル(確かにそうだ…そうなんだけどさ…)

悪い奴じゃないって知ってる、わかってるけど、
それと信頼するというのはどうにも別モノのようだ
キーテジでの喧嘩の時のように、頭ではわかっていても気持ちがついていかない
かと言って、セイラムにかけられるのも、嫌だった
エオル(…はぁ…)



クリス「ボヌールちゃん、起きて」

ぐっすり眠っていたボヌールは重たい瞼をこすりながら体を起こした

クリス「ボヌールちゃんの両親は魔薬に手を染めてしまった
    そして心が弱ったところを悪魔につけいられたんだ」

何か黒猫が喋っている
だが、睡魔は手をゆるめなかった
ボヌールは再び眠りについた

クリスはポツリとつぶやいた
クリス「目が覚めたら、
    これまで君を守ってくれていた家庭せかいは跡形もなく崩れ去っている
    君は自分で、どうするか決め、行動に移していかなければならないよ」

クリスは踵を返した。


これから少女の身に起こる絶望に、
クリスは心踊るようだった

この感情は、人間どもにはわからないんだろうな

憤慨された記憶しかねーや

しかしまあ、長らく人間の世界にいると忘れてるけど、こんな時思い出すよ


俺もつくづく、悪魔なんだなあってことをさ




クリス「…にしても、エスカーダのやつ、魔薬なんて配って、何しようとしてんだ?」

くりす





        
        
        
KT … カイセツ(K)とツッコミ(T)
      またの名を
      カユイ(K)ところにテ(T)がとどく


      
       
p.2    ボヌールのうちは高級クラブをチェーン展開しています。
       

p.3    どうでもいいですが、豪邸なのに床がギシギシ

       
p.7    悪魔"エスカーダ"
       現実逃避→逃げる→エスケープ
       をもじって付けました。
       夫妻はおそらく忙しさのストレスから一時でもよいので解放されたい、
       ストレス解消程度の気持ちで魔薬を始めたのでしょう。
       

p.8    魔法を提供
       魔法は精霊が引き起こす"現象"
       ↓
       精霊を操るのは悪魔
       ↓
       悪魔が操って引き起こせる"現象"は1種類
       ↓
       魔導師は使う魔法ごとに悪魔と"名義契約"という一時的な契約を結ぶ
       (魔法を唱える前にぶつぶつ唱えている呪文が契約行為)
       ただし、ラシャ村の悪魔のように魔導師に魔法を提供していない悪魔もいる。
       
       「サービスしてやれ」→「なんでもかんでも魔法に頼るな」
       受け答えが適当すぎるフィード(笑)
       
       鼻血はすすってはいけません。


p.10   ボヌールはこれから悪魔に何かを"持って行かれた"両親を介護しながら
       両親の友人たちに助けられ、事業をさらに拡大してゆく有力な企業家になります。
       でもまあ、それはまた別のお話。
       
       
       2010.5.29 KurimCoroque(栗ムコロッケ)