14.perilous arriance back
        
        
エオル「どういうことか、話してもらおうか?」


悪魔との戦いを終え、静けさを取り戻した教会に、エオルの声が響いた。
息を切らし床に転がっていたフィードは、エオルの足元でぐったりとしている男を指差した。
フィード「それよりソイツ、なんとかしてやれよ」
パウーモは悪魔に取り付かれていたダメージが大きかったためか、意識を失ったままだった。
エオル「君ね…そうやってまた話を逸らす!また秘密にするつもり!?」
フィードは面倒くさいと言うように眉を寄せた。
フィード「っせーな、ちゃんと話してやっから。
     まずは状況整理して、俺様が眠りこけてた間の説明をしろ」
エオル「…」
よしの「エオル様…まずはパウーモ様と村の皆様を…」
エオルはフィードから視線を外さず、軽くため息をついた。
エオル「…そうだね」



―――― perilous arriance(危険な同盟) ――――



教会の中で起こった事実と、パウーモが倒れた現実は、村人たちにショックを与えた。

「嘘だ…」
「よりによって悪魔に騙されていたなんて」
「なんと取り返しのつかないことを」
「これから何のために生きてゆけばいいんだ」

エオルたちはただその様子を見ていることしかできなかった。
言葉が見当たらない。

憔悴しきった様子のミーワルがエオルのもとに寄ってきた。
ミーワル「…パウーモは大丈夫なのかい?」
エオルは顔をしかめた。
エオル「"取り付かれ"のショック症状なので直に目を覚ますとは…念のためお医者さんに」
ミーワル「この村に医者はいないよ」
エオル「えっ…」
ミーワル「これも運命なのかもね」
ミーワルはクルリと踵を返した。
よしの(…)


フィード「なんだこの辛気くせぇヤツらは」
エオル「あのね!恩人たちに向かって何てこと言うの!」
フィードはため息をついた。
フィード「腹減った」
エオル「それどころじゃないでしょ」

「で?」
エオルは横目でジロリとフィードを見た。
「こっちはこれまでのことを一通り話しましたけど?」
フィード「…」
フィードは一瞬チラリとエオルを見て、再び視線を元に戻した。
フィードは鼻から息を吸い、パカリと口を開けた。

「何やってんだ!」

突然の怒鳴り声。
フィードたちは声のする方に目を向けた。


        


声の主は村の男。
その視線の先にはミーワル。
ミーワルの手元には包丁。
その切っ先は真っ直ぐにミーワルの喉元を向いていた。
エオル「ミーワルさん…!?」

村の男は子どもをあやすような口調で語りかけた。
「バカな真似はよすんだ、ミーワル!」

ミーワル「私は…悪魔なんかに騙されて…取り返しのつかないことを…
     もう神使教徒でいる資格も…生きる資格すら、ありゃしないよ!!」

"取り返しのつかないこと"

天使の言葉は神の言葉と信じ、あらゆることに手を染めた。
その時は、なんの罪悪感もなかった。
なぜなら神の言葉は正しいから。
そうだと信じ、思い込んでいたから。

だが、違った。

神の言葉などではなかった。
冷静に考えればわかったことなのに…。

ミーワルを怒鳴りつけた男は膝をつき、うなだれた。

辺りにすすり泣く声が聞こえだし
それはすぐさま沢山の嗚咽に変わった。

フィード「…」
エオル(…これは…これが)

――絶望…!!――

よしの「…」
よしのは唇をかみ、拳を握りしめた。
よしの(…これは…私ではお救いできない)
そして瞳を固く瞑った。
――皆様をお救いできるのは…あなた様しかおりませんわ――


「はーいはいはい!」


パンパン!と手をたたく乾いた音が響いた。
村人は音の先を注視した。

よしの(そうです、あなたです…!)

音の先――そこに立っていたのはパウーモだった。

パウーモはズカズカと村人たち集まりの真ん中に入って行った。
勢いがよすぎて、へたり込む村人を何人か蹴ったり踏みつけたりぶつかって転けたりしていた。
エオルは苦笑した。
エオル(ちょっとちょっと!パウーモさん…)

パウーモ「みんなちょっと暗いよ―?」
ミーワルはすぐさま反論した。
ミーワル「そりゃそうだよ!
     私らは取り返しのつかないことをしたんだ!
     神使教徒でいるのも生きているのも、もう資格なんてないんだよ!」

パウーモは豪快に笑った。
パウーモ「その資格って、誰が決めるのよ?」
ミーワル「…?!か、神に決まってるじゃないよ」
パウーモは深く頷いた。
パウーモ「じゃあ俺たちからその資格を辞退する権限はないよ。
     罰は神様が下してくださる」

辺りは静まった。

パウーモはにっこりと笑った。
パウーモ「病にかかるかもしれないし
     事故にあうかもしれない、
     はたまた罪悪感を感じながら生き続けろって言うかもね」
パウーモはすうっと息を吸った。
パウーモ「俺たちは甘んじてそれを受け入れよう」

村人たちから嗚咽も、すすり泣く声も、消えていた。

ミーワルの手から包丁が滑り落ちた。
ミーワル「私らバカだねぇ…こんな近くに"救い"があったのに」
パウーモ「まあ、バカってのはいいもんさ、まだまだ学べる余地がある」

よしの(…?)
ミーワル(…あれ…?)
エオル(…!!)

その場にいた全員が、気がついた。


        

ミーワルと話しているはずのパウーモはミーワルの方を向いていない。

フィード「…"持ってかれた"な」

ミーワルはパウーモの肩に触れた。
ミーワル「パウーモ…あんた…目が…!」
パウーモは笑った。
パウーモ「これはみんなを、一瞬でも絶望に落としてしまった僧侶への…天罰だ」
ミーワル「…!!」
パウーモ「命は奪われなかった。
     これからもみんなに教えを説け、そう言ってるんだって、神様は」

よしのは祈るように手を組み、固く目を閉じた。

泣かないように、泣かないように、
そう思って全身に力を入れたが、
後から後からこみ上げる涙が、
固くつむった目から溢れ出した。

パウーモは上を向いた。

パウーモ「よしの様!」

よしの「………!!!」

フィードはよしのを軽く肘で突っついた。
フィード「応えてやれ」
よしのは嗚咽で返事をすることができなかった。

パウーモはにっこりと笑った。
パウーモ「目は見えなくなっちゃったけど、
     今ハッキリ見えるよ、"希望"が」

――みんな、悪夢から目が覚めた。
  その目を覚ましてくださったのは、
  あなたがなんとかしようと言ってくださったからだ――

パウーモは大きく息をすった。
パウーモ「あなた様のおかげだ!!本当にありがとう!!!」

ミーワルは耳を塞いで苦笑いした。
ミーワル「デカいよ、声が」

よしの「……!!」
よしのはしゃくりあげながら思い切り鼻をすすった。
そして大きく息を吸った。

よしの「ふぁい!!」

よしのもパウーモに負けず劣らずの大声で答えた。
フィードは迷惑そうに小指を耳に突っ込んだ。
フィード「だーれが声のデカさも応えろっつったよ」

よしのの返事を聞いたパウーモ



1日村でゆっくりし、
片付けの始まりだした教会を尻目に、
一行は村を出た。



        






キュッキュと新雪が足に空気を押し出され、
三人分の足の形を作ってゆく。

エオル「…本当に神様の罰だったのかな」
エオルはまだ呆けているような気のない声でポツリと漏らした。

フィード「アホか、たまたま悪魔に"持っていかれた"だけだろ」
よしのは腫らした目をフィードに向けた。
よしの「"持っていかれる?"」
エオル「ああ、悪魔に"取り付かれ"た人は最終的に体も魂も全部乗っ取られるんだけど、
    たまたま助かった人でも体の一部とか器官とか感覚をとられちゃうんだよ、
    それが"持っていかれる"ってやつ」
よしのは不安そうにフィードを見た。
よしの「フィード様も何か"持っていかれた"のですか…?」

エオルもフィードを見た。

フィードはズカズカと二人より速く歩を進めた。
エオル「ちょっと!フィー…」

フィード「別に体のどっかは取られちゃいねぇよ」

よしのに抱えられていたクリスはパタパタと尻尾を振った。
エオル「…クリス!」
クリス「ミャー」

エオルはよしのからクリスを奪い取り、激しく揺さぶった。
エオル「お前、フィードに何したんだよ!操ってんのか!!」

フィード「ちげー」
エオルはフィードを見た。

フィード「俺様とソイツはたまたま"利害"が一致している」
エオル「…その言葉もクリスの言葉かもしれない」
よしの「エ…エオル様…」
よしのはエオルの肩に手を添えた。
よしの「そこまで疑いにならなくても…」
エオルはまるで危険なものを持つようにクリスの首根っこを掴んだ。
エオル「"白山羊の悪魔"…そんなの一人しかいない…」


        




――トランプ本部 会議室

ジョーカー「白い悪魔だと…」
カグヤはガタリと椅子から立ち上がった。
カグヤ「まさか…"白山羊"…!?」
シェンは答えを伺うように隣に立つトウジロウを見上げた。
トウジロウは苦々しい顔を浮かべた。
トウジロウ「ああ…見るのは初めてやけど、分かるわ」


――この世で唯一真っ白な悪魔
悪魔の世界・魔界アビスの第一王子"ノッシュナイド"…!!


場の全員が呆気に取られた。
リケ「"ノッシュナイド"って…
   "魔王階級サタンクラス"の大悪魔ですよ…!!
   なんたってそんなところに」
ジョーカー「"ノッシュナイド"は9000年前から行方不明と聞いたことがある」
全員がジョーカーに視線を向けた。
ジョーカーは肩をすくめた。
ジョーカー「魔界に限らず、どこをうろついていてもおかしな話とは言えん」
カグヤは乱暴に椅子に腰掛け、頬杖をついた。
カグヤ「…"乗っとられて"魔導師犯罪組織か…筋は通らんでもない」
ジョーカーは中空を睨みつけた。
ジョーカー「危険だ、非常に…!!」
カグヤ「"キング出動レベル"…?」

ジョーカーはトウジロウを見た。
ジョーカー「アーティファクトを持っていたとして、イケそうだったか?」

トウジロウは"あの記憶"をたどった。

白い煙の中でうごめく白い、巨大な影。
その影から一瞬だけ覗いた、巨大な、この世の物とは思えないまがまがしい瞳。

トウジロウは肩をすくめた。
トウジロウ「さあな、神使教で言うとこの"神に挑む"レベルの話や」
リケはゴクリと喉を鳴らした。
リケ("あの"トウジロウさんさえ戦意を…)

トウジロウはニヤリと勝ち気な笑みを浮かべた。
トウジロウ「おもろい話やんけ」

カグヤはヤレヤレと吐き捨てた。
カグヤ「冒涜者が」
リケ「戦闘狂」
シェン「試し切りマニア」
トウジロウ「お前ら…」

ジョーカーはゴホンと咳払いをした。
ジョーカー「"グランドセブン召集令"を発動する」
シェンは大袈裟に笑った。
シェン「ちょっとちょっと!
    もうトランプで何とかできるレベルじゃないってことかよ!!」
ジョーカーは即答した。
ジョーカー「そう言っているつもりだが?」

シェンは自分の体から空気を抜くように深いため息をついた。

ジョーカー「体制を指示する」
シェンは肘を組んだ。
シェン「どうぞ」

ジョーカー「リケとトウジロウは体制が整うまでは引き続きギルティンを追え」
リケ「はい!」
トウジロウ「わかった」

ジョーカー「カグヤはスペードの指揮もとり、潰せる案件は潰せ」

シェン(…ん?)
ジョーカー「儂は魔導師協会との調整にかかる」

ジョーカーはシェンを見た。
シェン「…ええと、残る仕事って」

トウジロウ&リケ&カグヤ「"肝"だな」

ジョーカー「グランドセブン集めはお前だリーシェル」

シェンは思い切りうなだれた。
シェン「ええ〜!俺ぇ!?
    なんだよ、その龍の首の球取ってこいみたいな…」

ジョーカーは視線を外した。
ジョーカー「そう言っているつもりだが?」

トウジロウ(押し付けた)
カグヤ(押し付けたな…)
リケ(押し付けた…)

ジョーカー「まあ、そのうち4人はすでにいるしの」

――魔導師協会 会長 オード・メロワマール
――トランプ ジョーカー ゼレル・ビノク・スロトモン
――トランプ ハートのキング 市松芳也
――トランプ スペードのエース 市松桃次郎

ジョーカーはニカッとわざとらしく笑った。
ジョーカー「あとたったの3人じゃ☆」
シェン「この場合はあと3人"も"っていうんだよ」
シェンは腰に両手をあて、盛大にため息をついた。
シェン「リョーカイ」

ジョーカーはパンと手を叩いた。
ジョーカー「じゃあ解散!」



カグヤ「シェン、早速だが引き継ぎを」
シェンは「あーハイハイ」と自分の執務室に戻りかけたが、ハタと止まった。

シェン(あれっ?)
同時に、トウジロウと共に対ギルティンについて話し合おうとしていたリケも、
こちらは危うく心臓が止まりかけた。

リケ(え…まさか…)

リケは恐る恐る進言した。
リケ「…あの…シェンさん不在の間のギルティンの件の管轄って」

トウジロウ「…」
カグヤ「…」

それは、
キングであるカグヤの下に、
エースであるトウジロウがつくことを意味していた。

シェンとリケは互いに顔を見合わせた。
「まじですか…?」



        





よしの「"ノッシュナイド"…?」
エオルは頷いた。
エオル「魔王の第一皇子にして、時期魔王の呼び声高い、最強の悪魔の1人だよ。
    9000年前から行方不明らしいけど?」
エオルは冷たくクリスを見下した。

クリス「男のクセに俺を見下ろすなっ!ハゲ上がるっ!」
エオル「ハゲ上がれよ!」
クリス「なにおう!?」

よしの「お二人ともっ!いい加減にしてくださいましっ!」
エオルは不服そうにクリスから目を逸らした。

クリスはよしのに飛びついた。
クリス「よしのちゅわ〜…ん゛っ!!?」
よしのに飛びつきかけたクリスの尻尾をフィードが思い切り掴んだ。
フィードはクリスの尻尾を持ち、グルグルと振り回した。

フィード「兎に角、俺様はコイツに操られてなんかねぇし、コイツもそのつもりはねぇ。
     あくまで同盟だ」
エオルは腕を組んだ。
エオル「その一致している利害って?」
フィードはニヤリと笑った。
フィード「まあ、おいおい話す。」
エオルは不服だと言わんばかりにフィードを睨みつけた。

フィードは気にとめる様子もなく歩き出した。
エオル「じゃあ、あの"白山羊の姿"は…?」
フィード「…"悪魔契約"」
よしの「"悪魔契約"?」
エオルは息を飲んだ。


――悪魔契約とは悪魔と取引をして何らかの力を得ることを言い、三つの契約形態がある。

  一つ目は"名義契約"
  これは悪魔の名前を借りて精霊に働きかける、つまり魔法を使うための契約で、
  魔導師達が通常魔法を使うために行う契約である。
  対価は生命エネルギーまたは魔力であり、都度契約する単発的な契約形態となる。

  通常は悪魔契約とはここまでであり、
  それより上の契約形態は非常に危険とされ、禁止されている。

  二つ目が"身体契約"といい、全身または身体の一部を対価として悪魔の力を使う契約形態であり、
  対価を差し出している間契約が持続する半永続的な形態である。

  三つ目は"不死契約"
  これは悪魔に魂を差し出し――


エオル「…まさか…"不死契約"とか言わないよね…」
フィードは鼻で笑った。
フィード「んな危ねぇ橋渡るかよ」
エオル「…"身体契約"…」
フィードはニヤリと笑った。
フィード「契約形態はな。
     けど言ったろ?
     俺様とコイツは同盟関係にある」
エオル「魔王の息子ノッシュナイドだよ…!?」

クリスはフィードに尻尾を掴まれ、逆さにぶら下げられたまま口を開いた。
クリス「俺はよしのちゃんさえいればいいから、抜けたきゃ抜けろ」
クリスは極めつけにペッと唾を吐いた。

エオル(カッチーン)
   「絶っっっ対、抜けない!!!」
エオルはクリスを指差した。
エオル「何企んでいるのか知らないけど!
    お前の好きにはさせないからな!!」

よしの「あわわわ…」
火花を散らすエオルとクリス。
フィードは気にとめる様子もなく続けた。

フィード「で、その"身体契約"で手に入れたのが"悪魔合体イクセスブレイク"」
エオル「"悪魔合体イクセスブレイク"?」
フィード「悪魔を体に取り込んで、一時的に悪魔の力を手に入れる」
エオルは言葉を失った。
よしの「悪魔を…取り込む?」
フィードはガハハと笑った。
フィード「つまるとこ合体変身だ!カッコイいだろ!」

エオル「バカっ!!!」
突然のエオルの怒鳴り声によしのは固まった。

エオル「そんな…そんな危ないこと…死んだりしたら…!」
フィードはニヤリと笑った。
フィード「俺様は死なねぇ。
     ついでに言うとトランプや協会から逃げんのに、クリスこいつは必要だ」
エオル「そんなことまでして…本当にこのW・B・アライランスって何の意味があるの…」

フィードはよしのにクリスを投げ渡し、背伸びをしながら歩を進めた。
フィード「言ったろ。秘密だ、"歴史が動くまで"な」

エオル「…」
よしのは心配そうにエオルを見上げた。
エオルはよしのの視線に気がつき、神妙だった顔をニコリと笑顔にした。
エオル「大丈夫だよ、ケンカじゃないから」
そう言い、フィードの背中に視線を向けた。
エオル「ほっとくと何しでかすかわからないから、
    俺たちがキチンとセーブしてやらなきゃね」
よしのもフィードの背中を見、顔を引き締めた。
よしの「はい…!」




        





そのまま三人は順調に山道を進んだ。
エオルとフィードはあえてよしのに振らなかった。

トウジロウのあの言葉。

"だから本名名乗れ言うてんねん!"

エオル(一番混乱してるのはよしのさんのはずだ…)
フィード(ったく、無理しやがって)
だが、フィードの悪魔契約の話と違い、
ここで議論をしてもどうしようもない話だ。


クリスは欠伸した。
クリス(まったく…どいつもこいつも)


――嘘つきの集まりだな――


よしの「クリスちゃん」
クリス「なんだい?よしのちゃん」
よしの「ヤサカニのことをご存知なのですか」
教会で悪魔退治をした時、確かに言っていた――"昔ちょっとね"

クリスは尻尾をパタパタと振った。
クリス「うん、昔何回か神共と戦争したことがあってね」
エオル(何万年前の話!?)
クリス「その時に使われてるのを見たんだ」
よしのは語気が落ちた。
よしの「…戦争に使われていたのですか…」
クリス「アーティファクトってのは戦争のために創らせたもんだからねぇ。でも」
クリスはよしのを見上げた。
クリス「今の持ち主がこんな素敵なレディなら、ヤサカニは幸せモノだよ」
よしの「…クリスちゃん」
よしのはニコリと笑った。
よしの「ありがとう」

――この子達ヤサカニがいるならば今は…――

クリス「じゃあお礼にチューしてチュー♡」
よしのは立ち止まった。
よしのの目の前には指をボキボキと鳴らし、クリスを見下ろしている2人の魔導師。
よしの「…ええと…」



        






ラプリィ「何よこの吹雪ぃ――――っ!!」
ヴィンディア連峰 乗り越えた先の希望オーバーザスプレンタ 9合目

視界ほぼゼロの猛吹雪の中、ヤクトミとラプリィは雪を蹴り分け進んでいた。
ヤクトミは盛大にため息をついた。
ヤクトミ「元気なヤツだ…」
ラプリィ「何――っ?聞こえない――!」
この激しい風の中でも、ラプリィの甲高い声はハッキリと聞き取れた。

ヤクトミはコンパスを取り出した。
ヤクトミ(方角は間違いない)

コンパスから視線を上げ、ヤクトミは気づいた。
吹雪で白く塗りつぶされた視界。
ラプリィの姿が見えない。

ヤクトミ(げ!!マジかよ!?)
ヤクトミは駆け出した。
ヤクトミ「おーい!!勝手にうろちょろすんな!!どこだよ!!」
吹雪く風の音の端で、微かに聞こえる――金切り声
ヤクトミはとっさに声のした方角へ、走る向きを切り替えた。


ラプリィはその場にへたり込んだ。
動かそうとしても、足に、いや、そもそも腰に力が入らない。

ラプリィの目の前には真っ白な毛で覆われた巨大なゴリラ。
ゴリラは鋭利な黒い鉤爪を振り上げた。

ラプリィ(生きなきゃ…生きなきゃ!!)
ラプリィは辛うじて動く両腕で這い、ゴリラから距離を取ろうとした。
ゴリラは鉤爪を振り下ろした。

「小爆炎グラン・デ」

ドガァン!!

吹きすさむ雪の中、腹の底に響く爆音。
ラプリィ「…!」
ラプリィは振り返った。

もくもくと黒い煙を上げる白ゴリラ。
白ゴリラは横に視線を向けた。
ラプリィもその視線の先に目を向けた。

ザクザクと音を立て、息を切らしたヤクトミが駆け寄ってきた。
ヤクトミは足を止め、ゴリラに向けて構えた。
ヤクトミ「ケガは!?」
ラプリィ「な…い」
ヤクトミは小さくため息をついた。
ヤクトミ(イエティか…初めて見た)

爆炎魔法はその一つ一つが非常に殺傷能力の高い魔法である。
爆炎魔法使いたちの中で、物の強度や魔物の強さを測る基準が、
爆炎魔法の中で最小の威力である「小爆炎グラン・デ」が有効であるかないかである。

ヤクトミ(当たりはしたけど、あんまし効いてはない感じだ)
イエティ「ガァア!!」
イエティはヤクトミに大きな腕を振り下ろした。
しかし、その前にヤクトミはイエティの懐に入り、顎に向けて掌を突き上げた。

イエティは大きく吹き飛んだ。
ヤクトミは手をヒラヒラと振った。
ヤクトミ(痛って〜〜!!俺は凍った物殴ったのかよっ!!)

イエティはむくりと起きあがった。
ヤクトミはブツブツと呪文を唱え始めた。
ヤクトミ「コイツで終わりだ」

―火炎龍プロム・エ・ス!!―

辺りは少しの間、オレンジ色の光を放った。
やがてそのオレンジ色が消え、
ヤクトミはラプリィの元へ歩み寄った。


ヤクトミ「目ェ離して悪かった」
差し伸べられた手を、ラプリィはしばらく呆けたように見つめていた。
ヤクトミ「?なんだ?やっぱどっかケガ…」

ラプリィの目からボロボロと大粒の涙がこぼれ出した。

ヤクトミはギクリとした。
ヤクトミ(ええ?!今度は何!?俺何か言った!?)
ラプリィは大声を上げて泣き出した。

ラプリィ「うええ〜〜ん!!怖かったぁ〜〜〜〜!!!」

ヤクトミは顔に手を当てて盛大にため息をついた。
ヤクトミ(なんだ…ビビった…)

ラプリィの涙は安心感の裏腹、悔し涙でもあった。
力が欲しいと願い続け、
だが願うばかりでどうしたらよいかわからず、
今回もまた、ヤクトミがいなければ助からなかった。

"自分は何もできない"

ラプリィは堪らなく悔しかった。

ヤクトミは眉根をよせた。
ヤクトミ「なんだ、そんなことで泣いてんのかよ」
ラプリィはヤクトミを睨みつけた。
ラプリィ「何よ!」
ヤクトミは立ち上がった。
ヤクトミ「モンスターなんて専門家が退治するようなもんだぜ」
ラプリィ「…」
ラプリィはそっぽを向いて唇を噛み締め、涙を拭った。

ヤクトミ「俺も似たような時期があった」
ヤクトミは懐かしい思い出を辿るように目を細めた。
ヤクトミ「ライバルにいっつもどうしてもかなわなくてな、
     負けては毎日泣いてたよ」

ラプリィはキョトンとした。
ラプリィ「魔導師って泣くの?」
ヤクトミ「お前な…魔導師をなんだと思ってんだ…」
ヤクトミは再び手を差し伸べた。
ラプリィは手を差し出した。
ヤクトミはその手を掴むとヒョイと引き上げた。

ヤクトミ「まあ、あれだ、経験者からのアドバイス」
ラプリィは雪を払った。
ラプリィ「なによ」
ヤクトミ「背伸びしたって、届いた気になるだけだぜ」
ラプリィ「じゃあどうしろってのよ」
ヤクトミは歩き出した。
ヤクトミ「強くなんのに、近道なんてないってこと!経験あるのみ!」
ラプリィは頬を膨らませた。
ラプリィ「…死ぬかと思った最悪な経験だわ」
ヤクトミ「"正気で"生きてりゃ無駄な経験なんてねぇよ。
     少なくとも俺はそう思ってる」

"正気で"という前置きに、ラプリィはトゲトゲしさを感じた。
ラプリィ「?」
ヤクトミ(…)


シャンドラ…お前が今していることは、無駄なことじゃないって、本気で思ってやってんのか…?


ラプリィ「前向きなやつの考えることだわ」
ヤクトミは笑った。
ヤクトミ「一個いいこと教えてやるよ」
ラプリィ「なに?」
ヤクトミ「魔導師の強さの秘密」
ラプリィは目を輝かせた。
ラプリィ「なになに?!」

ヤクトミ「後ろ向きになったら負け」

ラプリィはムカッとした。
ラプリィ「悪かったわね!!」
ヤクトミは声を上げて笑った。
ラプリィ「キー!!」

ヤクトミはピタリとラプリィの鼻先に人差し指を向けた。
ヤクトミ「"負け"と言われてムカッとしたやつは、素質アリだ」
ラプリィはポカポカとヤを殴った。
ラプリィ「いーみーわーかーんーなーいっ!!」
ヤクトミ「いいんだよ、わかんないほうが。
     この意味がわかったら強くなったってこと」
ラプリィ「どうしたら強くなんのかを教えなさいよっ」
ヤクトミ「自分で考えろ」
ラプリィ「キー!!」


        






パンゲア大陸 ヴァルハラ帝国 グラブ・ダブ・ドリッブ魔導師協会管轄地区 
魔導師協会本部「バベルの塔」最上階大広間

窓際のロッキングチェアが静かに一定のリズムを刻んでいる。

ドアが開く音――

ガルフィン「会長、ヤクトミから報告が入りました」
ロッキングチェアのリズムは変わらなかった。
ガルフィン「マーフ国北部のキーテジという町でW・B・アライランスの目撃情報を入手したそうです」
会長「生きておったか…」
ガルフィン「…はい」
会長は「それで?」と話の続きを促した。
ガルフィン「そのキーテジという町は"アクロスザヌル"と"ヴィンディア連峰"の登山道との中継地点らしく…」
会長「連峰越えか…」
ガルフィン「ええ」
会長は持っていたパイプをふかした。
会長「向こうはジパング人少女の足がある、直ぐに追いつけるじゃろう」
ガルフィン「…それが…ヤクトミ一人ならそうだったのでしょうが…」
会長はガルフィンに顔を向けた。

ガルフィン「なんでも道中助けた獣人の少女を連れているようで…」
会長「獣人の少女?」
ガルフィン「虐待を受けていたところを助けたらしく」
会長は顎に手を回した。
会長「獣人差別の色濃い地域じゃからのう…で、放っておけないと?」
ガルフィンは申し訳なさそうに頷いた。
会長「ははは、お前の教育の賜物だな、ガルフィン!」
ガルフィンは「からかわないでくれ」という視線を向けた。

会長「だが、事は一刻を争う、少女は一旦こちらで保護しよう」
ガルフィンは頷いた。
ガルフィン「手配します。ナイム国のエリドゥの町で落ち合う予定です」


次の瞬間
広間の扉が勢いよく開き、息を切らしたマリアとユディウスが入ってきた。

マリア「会長!大変!」
ロッキングチェアのリズムが止まった。
会長「何事じゃ」

ユディウス「トランプがジパング人の存在を確認しました」

ガルフィン「!!」
会長は目を瞑った。

会長(目立たぬようスペリアルマスターを使わなんだは失敗じゃったか…)

会長は目を開けた。
会長「すまぬ、儂のミスじゃ」
マリアは首を横に振った。
マリア「向こうはプロですから」
ユディウス「切り替えて国際対応に移りましょう」
マリアはガルフィンを見上げた。
マリア「てなわけでやっくんの回収よろしく!」
ガルフィン「…丁度次の町で落ち合う予定だ」

ガルフィンを見上げるマリアの心境は複雑だった。
ガルフィンは親友を必死で追うヤクトミの担当教官。
ユディウスはこの騒動の張本人であるフィードの担当教官。
マリア(2人とも、私の何百倍も辛いはず、私がフォローに回らなきゃね)
しばらく黙っていたマリアを見、ユディウスとガルフィンは同時に口を開いた。

ガルフィン「余計なことはしなくていいぞ」
ユディウス「余計なことはしなくていいですからね」

マリアは目をパチクリさせた。
マリア「あら?」


会長は再びロッキングチェアを揺らした。
会長「スペリアルマスターたちを召集じゃ、それと、トランプのジョーカーを呼べ」
ユディウス「ジョーカーを?」
会長は頷いた。
会長「"国際対応のため"には詳しい情報を入手することと、
   "互いの意識合わせ"が必要じゃからの」
ユディウスは肩をすくめた。
ユディウス「なるほど」

ガルフィン「なら他のスペリアルマスター召集はその"意識合わせ"後のほうが良さそうですね」
ユディウス「マリア、ジョーカーを呼んできて」
マリアはニコリと笑った。
マリア「OK」
ガルフィン「俺はスペリアルマスターたちのスケジュール調整をしておこう」
ユディウス「頼むよガルフ。
      私は国際対応の事前準備をするよ」
会長「…」
その様子を見ていた会長はにっこりと笑った。
会長(…もう一つ、ジョーカーとの話題が増えたのう)




        





エオル「あ」
エオルは立ち止まり、後ろを振り返った。
よしの「どうされました?」
フィード「なんだよ?」

エオル「多分…もう国境越えてる」
フィードは「ハァ?」という顔をした。
よしの「え―――っ!」
フィードはよしのを見た。
よしの「線が全然わかりませんでした…」
フィード「は?線?」
エオル「ほら、よしのさん国境を知らないって話あったじゃん。
    確か…山越えてる途中」
フィード「あー…そういやあったな、そんな話」
よしの「残念です…」
クリスは尻尾をパタパタと振った。
クリス「大丈夫だよ、よしのちゃん。
    国境なんてこれからいくつでも越えるんだから」
よしのは目をパチクリさせた。
よしの「そうなのですか!!」

エオル(そうだ…ジパングへの道のりはまだまだ遠い…トランプの追撃を凌いでいけるんだろうか…)
エオルはフィードを見た。
エオル(クリスの力を使えば、実力以上の敵からも逃げられる。
    けど、それまでだ。
    "あの状態"で敵と戦えるまでフィードの体は持たない)

エオルは天を仰いだ。


――何とかしなきゃ…――






        
        
        
KT … カイセツ(K)とツッコミ(T)
      またの名を
      カユイ(K)ところにテ(T)がとどく


      
       
p.2    病にかかる、事故にあう
       イコール天罰ではないです。
       だったらなんの罪もないのに事故にあった人はどうなんだって話で。
       ここでパウーモが言っているのは
       「自分たちがやらかしたことに対して」
       神が天罰として事故にあわせるかもしれないね
       ってことです。
       あしからず。
       

p.3    持って行かれた
       のは視覚です。目ん玉じゃないです。
       念のため。
       
       パウーモは上を向いた。
       これはよしのがどこにいるのかわからないから上を向いて大きな声で
       どこか近くにいるはずのよしのに話しかけるためです。
       
       
p.5    潰せる案件は潰せ
       さて、潰せていないから案件が溜まっているのですが、
       この言葉の意味することは…?
       14.2話であきらかになります。
       
       龍の首の球取ってこい
       竹取物語でかぐや姫がだした無理難題から。
       ただし、この世界では5つの無理難題のモノは実在します。
       その中でもかなりヤバいものを例に取っているわけです。
       

p.6    尻尾を持ち、グルグルと振り回した。
       動物虐待です。
       絶対にまねしないでください。
       

p.7    嘘つきの集まりだな
       さて、この言葉の意味するところは…?
       
       
p.8    ラプリィは手を差し出した。
       あくまで自分からは掴みに行かないラプリィ(笑)


p.10   よしのさん国境を知らないって話あったじゃん。
       第9話参照。
       
       

ようやくマーフ国を抜けました。
一年でようやく国1つって。。
ちょっとペースアップしていきたいと思います。
ペースアップで省いた分はいつか「.X(ドットエックス)シリーズ」(※)でやれればなと。
(※本編と本編の間にやってる小話をこう呼んでます。)
       
       
       2010.4.29 KurimCoroque(栗ムコロッケ)